心臓リハビリテーション部門
毎月更新中
2017.2.1
09

「痩せられないワケ」Part II

まずは始めよう!自分に合った運動のしかたとは

前回は、現代人に増えつつある“栄養障害”についてお話をしました。 健康に痩せるためには、以下の3点が不可欠です。

  1. 正しい栄養
  2. 適度な運動
  3. 適正な回復(休養)

前回に引き続き、Aさんにご登場願いまししょう。Aさんは2児の母で、営業マンの夫と4人暮らしです。朝からお弁当作りに始まり、週3回のパート、実家の母の手伝い、夜遅い夫の食事の支度と片付け、土日も子供のサッカーチームの送迎などで、日々休む暇なく動き回っています。Aさんは、身長158㎝、体重60㎏。ここ2-3年で体重が7㎏増えたまま戻らないことが悩みです。

♥ 痩せられないワケ その2 運動編:

前回の食事調査から、Aさんは食事量を減らしているつもりでしたが、野菜が多い反面、タンパク質が少なく糖質が多く、実際には必要な栄養が足りていないことが、痩せない一因であることがわかりました。

今回は、Aさんの「日常の活動性」について見てみましょう。朝から晩まで忙しく動いているAさんですが、よく話を聴いてみると、移動はほとんど車で、仕事はデスクワーク中心。明らかに運動不足だと実感していました。適度な運動を日常的に取り入れることが心血管系の有害事象を回避する有効な手段であることは、数々の研究からわかっています。では、Aさんのような忙しいアラフォー世代にとっても現実的で有効な運動のしかたは、あるのでしょうか。

■現在の運動習慣で、10年後の生存率に差が・・・

1961年にSaltinらは、“Hypokinetic disease(身体不活発病)”という概念を提唱しました1)。またWenらは、「運動をしないでいることは喫煙と同じくらい生命のリスクが高い」ことを示しました2)。不活動の弊害は非常に大きく、20歳代の若者でも、寝たきりで過ごすと、1週目で20%、2週目で40%、3週目で60%、筋力が低下すると言われています。

単に足腰が弱って動きが鈍るだけではありません。最近の研究から、握力や下肢筋力、歩行速度など「身体機能」の指標が良好な人ほど、心血管リスクが低いことが分かっています。

図1はそれぞれ軽度から中等度の心不全患者さんにおいて、定期的に運動している人としていない人の、その後10年間の体力の指標、QOL(Quality of life、生活の質)そして生存率を比べた研究成果です3)

図1-Aをみると、すでに1年目から運動耐容能つまり体力に大きな差がついていることが分かります。また図1-Bでは、運動習慣のない人は10年後のQOLが低く、さらにCでは生存率が低い(つまり死亡リスクが高い)、ということが示されています。つまり、運動していないことにより、

  • 10年後の全身持久力(体力)が低下
  • 10年後のQOL(生活の質)が低下
  • 10年後の生存率が低下

という、さまざまなリスクが発生しうるのです。

■日常的な活動で燃やす!NEAT(非運動性活動熱産生・ニート)を活用

NEAT(ニート)って、聞いたことがありますか?Non-Exercise Activity Thermogenesis(非運動性活動熱産生)の略で、“ジョギングや水泳といったしっかりとした運動ではなく、立っている姿勢を維持したり、座ったり立ったりするような日常生活の動きをする際に発生するエネルギー”のことです。本格的な運動以外にも、ヒトは日常動作でかなりのエネルギーを消費していることが分かっています。

図2を見てください。実は、1日に費やす総エネルギーの約3割は、しっかりとした運動ではなく、買い物、家事、レジャーなどの中で生じる活動で占められています4)

これに関連して、立っているだけで安静時より20%、歩けば300%もエネルギー消費量がアップする、太っている人は、やせている人に比べて1日で150分座っている時間が長い(350kcal、ショートケーキ1個に相当)、また過食により体重増加したあとも、体脂肪量の増加が少なかった人は、“NEAT”も増加していた、という研究結果もあります5)。NEATを増やすことにより、忙しいAさんにも、希望が見えてきます。

【こんなことでも、NEATが増える】

  • 背すじを伸ばす
    テレビやパソコンに向かうときは猫背にならないように頭上から吊り下げられているイメージで立つ、座る
  • 寝ているよりは座っている、座っているよりは立っている時間を増やす
    ごろ寝でテレビは見ない/電車中では空席があっても座らない
  • エレベーターは使わず、極力階段を使う
  • 食事は一口ずつよく噛む
    噛んでいるときは安静時よりエネルギー消費量が20%アップ

忙しさのあまり運動を先延ばしにしていたAさんですが、これなら、ほんの少し意識を変えるだけで実行できそうですね。これまで運動習慣がなかった皆さんも、Aさんと一緒に生活を変えてみませんか。

もっと知りたい方へ

今日から運動を! 10年後に差がつく、今の日常活動

■大腿四頭筋の筋力が強い人ほど死亡率が低かった‼ 筋力と予後の関係

筋力と死亡リスクの関係を調べた日本の研究があります。図3は、冠動脈疾患の治療で入院した患者1,314人を、大腿四頭筋等尺性筋力の強い順に4グループに分け、10年以上にわたり、心血管リスクや死亡リスクについて調べた結果を示しています。筋力の弱いグループ(Q4)ほど、年が経つにつれて心血管死亡リスクがどんどん上がっていくのがわかります6)

脚の筋肉だけではありません。握力が強い人ほど、心血管リスクが低く、寿命も長いことが知られています。逆に、心不全歴が長い人や心機能が悪い患者さんほど、筋力の低下が著しいことも分かっています。

一見関係のなさそうな脚力と心血管リスクですが、筋力と心疾患の関係は、多くの研究から明らかになっています。そのため、最近では心臓病の患者さんにも、体力や病態に見合った運動を継続することが、推奨されているのです。

■最小限の運動でも、リスクは減る

一般には週に150分、ないし1日1時間程度のウォーキングを週3回行うことが推奨されています。また厚生労働省は、平成34年度までに達成すべき目標として、日常生活における歩数および運動習慣者の割合を表1のように挙げています7)。ちなみに運動習慣者とは、「30分ウォーキング相当の運動を週5日以上」行っている人のことです。

とはいえ、運動習慣のない人にとっては運動を始めること自体が高いハードルです。そんな中、数年前には「1日15分でも運動すれば、運動しない場合よりも死亡リスクは減り、寿命は延びる」という研究結果も発表されました(図4)。

台湾人416,175万人による前向きコホート研究です8)。「運動なし群に比べ、低強度運動群はすべての原因の死亡率のリスクを14%減少させ、寿命は3年長かった」とのことです。忙しい人、また運動習慣がなく、これから始めようという人にとっては朗報ですね。もちろん、よりしっかりと運動すれば、さらにリスクは減らせる、ということです。

何はともあれ、1日も早く運動を始めることが肝心です・・・。

出典:
  1. Saltin et al. Circulation, 1968
  2. Wen et al. Lancet, 380: 192-193, 2012
  3. Belardinelli et al. JACC Vol. 60, No. 16, 2012
  4. 田中茂穂:身体活動とエネルギー代謝.日本臨床 67:11-15,2009
  5. Levine JA, et al. Science 307: 584-586,2005
  6. Kamiya et al. Am J Med. 2015
  7. 国民健康・栄養調査(http//www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kenkou_eiyou_chousa.html)
  8. Wen et al. Lancet.378: 1244-53.2011