心臓リハビリテーション部門
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2017.5.1
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心臓の病が、心の病に・・・?

心臓疾患と抑うつ

現在、世界のうつ病または抑うつ状態の患者さんは3億5千万人に達し、この10年で2倍に増えているそうです。日本でも急増中と言われています。「心臓」と「こころ」、英語ではどちらも“heart”。実は、心臓の病気と心の病である「抑うつ」とは、深い関係があります。

♥ 心筋梗塞になったあとは、通常より抑うつ状態になりやすい

心臓の病気にかかったとき、病そのものの苦しみや痛みに加え、家族や仕事のこと、将来のことなど、多かれ少なかれ悩んでしまうものです。多くは病気の回復につれ精神的にも立ち直ります。 しかし、一部の人は、治療のめどがついたあとも「抑うつ状態」が続くことがあり、本物の「うつ病」に陥る人もまれにいます。

心血管疾患と抑うつの関係は数十年前から報告されています。

  • 心筋梗塞後の患者の45%は3-4か月後に抑うつ状態を新規に発症し、うち18%は大うつ病であり、ほとんどは数か月間社会復帰できなかった1)
  • 抑うつが強い心不全患者(ベック抑うつ性尺度(BDI)10以上)は、心血管疾患による死亡または再入院のリスクが有意に高く、約1.6倍(比例ハザード比)であった(図1)2)
  • もともと抑うつでも冠動脈疾患でもなく、新規に冠動脈疾患と診断された患者13,708例において、抑うつを発症すると、心血管リスクは2倍になる3)
  • うつ病患者が心筋梗塞になると、死亡リスクは非うつ病の患者に比べ死亡リスク(ハザード比)は5.7倍になる4)

図1

♥ だれでも起こりうる、抑うつ状態

リハビリ風景心臓リハビリテーションに通院しているハートセンターの患者さんに対し抑うつ状態の調査を行うと、実に4人に1人が“抑うつ”ないし“抑うつ疑い”と判断されます。男女を問わずこの傾向はみられますが、筆者は経験上、「突然心筋梗塞になった、50-60歳代の男性」に多いのではないかと感じています。

ある日突然発作を起こす人も多いこの病気。比較的体力のある人でも、退院後完全に体調が戻るまでに数週間かかることがあります。周囲を見れば、会社や社会で活躍する同僚たちがたくさんいます。そんな中で、バリバリと働いてきた人ほど焦りを生じ、自信を無くしてしまうようです。とはいえ、ほとんどは一時的な落ち込みのあと、1-2か月たつと徐々に立ち直っていきます。

♥ 適度な運動で、心血管リスクを減らす

図2を見てください。日本のIT企業の従業員812人を対象に、余暇時間における身体活動時間と抑うつ発症の関連を1年間追跡し調べた研究の結果です5)。余暇での身体活動がほとんどない群と比べて、週135分以上の身体活動を行っている群の抑うつ傾向は約50%低い値を示しました。週135分以上の運動で抑うつのリスクが実に約半分に減少したのです。運動の効用は数多く知られていますが、身体活動の高い人は低い人に比べて、うつ病になりにくいという報告は、国内外にたくさんあります。

図2

リハビリ風景では、心疾患患者さんではどうでしょうか。図3は、慢性心不全患者さん629名の調査で、1週間の運動時間と抑うつの指標であるベック抑うつスコアの関係を表しています。ベック抑うつスコアは数字が大きいほど抑うつが強いことを示します。グラフで示す通り、横軸で“180分/週”の付近で最も小さくなっており、この結果からは、週に計180分の運動が抑うつのリスクを抑える最適な運動であると言えます6)

同じ論文で、「週90分以上の運動訓練は慢性心不全患者さんのうつ症状を有意に改善する(ハザード比0.89)」ことが示されていました。興味深いのは、「長時間運動している患者さんのスコアはかえって高くなっている」という結果です。焦って頑張りすぎても逆効果、ほどほどが大事、ということが、実際の研究データにも表れていました。

図3

大切なのは、「“今の自分”に合ったトレーニングを行う」ことです。

もっと知りたい方へ

心臓病後の抑うつ状態を防ぐのも、やっぱり“適度な運動”です

■仕事のストレスの高い人こそ、日頃の運動が抑うつを防ぐ

図4は、健常者において運動の有無によって仕事のストレスによる抑うつのリスクがどれだけ回避されるかを示しています。週1回でも余暇で運動しているグループは、ストレスがあっても抑うつが少ないことがわかりました。これは、仕事のストレスが高い場合ほど顕著です7)。ストレスが強いと感じている人ほど、ぜひ日頃から適度な運動を継続し、抑うつのリスクを回避するよう心がけることが大切です。

図4

■“気分の問題”ではない、抑うつ状態はれっきとした脳内の生理学的変化

ところで、なぜ心臓の病気になると抑うつ状態になりやすいのか?

抑うつ状態は、脳内神経伝達物質のバランスの乱れが原因で起こります。心臓の病気になると、セロトニンやノルアドレナリンなどの脳内神経伝達物質が神経終末から放出され、心身のストレスに対抗します。ストレスがあまりに強いと、脳内のセロトニンやノルアドレナリンが枯渇し、やる気や欲求が低下して、身体症状にまで至ることがあります。決して気分の問題ではなく、脳の中で起こっているれっきとした生理学的変化なのです。突然心臓の病気を宣告された場合には、そのストレスに脳が対応しきれず、抑うつ状態に陥ってしまうことがあります。

専門職(医師、弁護士等)、職場長、経営者など自分で意思決定できる立場の人は比較的抑うつ状態になりにくく、また営業や事務職、非技能職の中で上司の指示を受ける立場の人はなりやすいという説もあります。

■病気になった後の抑うつも、リハビリで癒す

1983年に、患者さんが経験する不安や抑うつのレベルを測定するためのアイテムとして、Zigmond と Snaithによって“Hospital Anxiety and Depression Scale”、通称HADS(ハズ)が開発されました8)。現在、医療のあらゆる分野で用いられています。

HADSは、図5に示すように計14の質問からなり、不安に関する質問7つと抑うつに関する質問7つが混在しています。不安、抑うつはある方法で別々に点数化され、21点を最高得点として8点以上をうたがいあり、11点以上を確診と判断します。名古屋ハートセンターで心臓の病気になった直後の患者さん438名にこのツールを用いると、グラフのように心臓の病気で入院した人の4人に1人は“不安がある”、“抑うつがある”(うたがい含め)という結果になりました。

図5-1

図5-2

■抑うつ回避にも効く、心臓リハビリテーション

抑うつ状態を予防する手段の一つが、“適度な運動”です。そのメカニズムのひとつとして、運動により脳内のセロトニンが増えることが関係すると考えられています。

心臓リハビリテーションのプログラムでは、1人1人の心臓の状態や体力を客観的に測定し、各種データに基づいて運動の内容や強さを決め、実施します。同時に、心臓だけでなく心身全体の状態を安定化させること、再発させないことを目標に食事や休養のしかた、普段の活動の注意などを含むカウンセリングを取り入れています。心臓リハビリテーションに通い始めた多くの患者さんは、リハビリを続けるうちに心身ともに元気になり、HADSスコアも改善していきます。

繰り返しますが、何事もやりすぎは逆効果。体力や病態と相談しながら、適度な運動を続けることが大切です。

出典:
  1. Sherwood, et al. Relationship of depression to death or hospitalization in patients with heart failure. Arch Intern Med 2007. 149(8):1785-9.
  2. Schleifer et al. The nature and course of depression following myocardial infarction. Arch Intern Med. 1989. 167(4):367-73.
  3. May, et al. Depression after coronary artery disease is associated with heart failure. J Am Coll Cardiol 2009. 53(16):1440-7.
  4. Frasure-Smith et al. Depression following myocardial infarction. Impact on 6-month survival. JAMA 1993. 270(15):1819-25.
  5. 甲斐裕子ら. 体力研究 109: 1-8, 2011
  6. Blumenthal, et al. Effects of exercise draining on depressive symptoms in patients with chronic heart failure: the HF-ACTION randomized trial. JAMA. 2012;308(5):465-474
  7. 甲斐裕子ら. 体力研究, 2009
  8. Zigmond A S, Snaith R P: The hospital anxiety and depression scale. Acta Psychiatr Scand 1983. 67(6):361-70.